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日本の絞り衣装展

 2026年の初回企画は日本の絞りをご覧いただきます。松竹梅や鶴亀などおめでたい吉祥文様が晴れ着に施されたものからは職人の技や熱量に圧倒されます。一方木綿に藍で絞り染めがされた有松・鳴海の伝統ゆかたや東北の仕事着の絞り模様の素朴な美しさにも惹かれました。日本各地の多彩で多様な絞り染めは先回のインドの絞りに匹敵するものだとおもいます。お楽しみいただけると幸いです。

​ 2026年1月15日よりネットギャラリーにて公開 

GALLERY 

   

     絞り染めは作り手から見ると確かな技術と最良の染液で染色をしても最後に開いてみるまで染め上がりが予測できない偶然の部分があり、それは陶芸に通じた楽しみである。それだけに染め上がった絞りを解く時絞り際から白い文様がチラチラ覗く時はワクワクするほど楽しい。手仕事であるがために素材・針目・染料のにじみ方などにより二つと同じものができないところが大きな魅力となっている。

 京鹿の子と言われるように、京都は絹の絞り産地である。一方、有松鳴海絞りといえば藍染と木綿絞りを思い起こす。木綿の絞りの美しさは、白地と深い藍色とのすっきりした仕上がりにある。木綿と藍と絞りは非常に相性がよく、特に木綿絞りの遺品には力強さとおおらかさが強調されていて、庶民のエネルギーが感じられる。

 (中略)

 江戸後期の木綿絞りの産地は大阪を要とした東海道や西廻り廻船が深く関与した。「豊後絞り」「有松鳴海絞り」「筑前絞り」「出雲絞り」新潟の「白根絞り」のほか、秋田には本荘港から内陸部へ運搬され「横手絞り」や「浅舞絞り」がある。各地に高度な絞り技術が定着し、産地を形成していった。九州では木綿の絞りが江戸後期から明治初期にかけ祭りの浴衣になったが、東北では貴重な木綿は婚礼の晴着になったりと地域によって用途も変化した。明治後期には藍染に変わって化学染料の導入で、さらに新しい産地を生み出し活性化を促進したが、これらの産地は第一次対戦後の経済恐慌や昭和17年の繊維類統制によって衰退していった。現在は京都と名古屋の二大産地を残すだけとなっている。手間暇のかかる作業のため、いずれも後継者難などの多くの問題も抱えているが、新しい素材技術の開発及び用途の拡大で、一層の発展と絞り文化の継承に努力されている。かつての産地では、技術の伝承や遺品の発見、保存、復元などの活動が始まっているところが多い。

 「日本の絞り」 安藤宏子著 京都書院美術双書より

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​しぼり文様技法

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木綿地、立湧文様茜染め風呂敷より

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​木綿地藍板じめ絞り、産地等詳しくはわかりません

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 絹地杢目絞り、兵児帯より

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​綸子絹地に鶴と亀が朱色に絞り染めされた婚礼衣装用長襦袢より

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​浅舞絞り、木綿地一目絞り麻の葉文様女性用単衣長着より

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浅舞絞り(突き出し鹿の子絞り・小帽子絞り)木綿地藍花文様刺し子長半纏より

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​南部紫根染め、絹地八宝文様長襦袢袢より

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​花菱にあしらわれた鹿の子は摺疋田(すりひった)と呼ばれる型染です。晴れ着用長襦袢より

 参考資料

​ 「世界の絞り」文化学園服飾博物館

 「手技の美・絞り」東京家政大学博物館 

 「絞り染め大全」安藤宏子著 新誠出版社 ​  

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